ADHDだと受験に失敗する?ADHDを疑う受験生に知って欲しいこと

おれはもうおなかすいた(@ADHDブロガー・薬剤師

 

 

この前、質問箱でこんな質問をいただいたんですよ。

 

 

 

なんか気になっちゃって、質問者さんに届いたらいいなと思って記事にしました。今日はちょっと長いです。

 

 

受験に限らず、日本人は失敗について洗脳されてるとぼくは思っている。失敗はどんどんしてイイと思うし、まずい失敗をしたら、失敗を学べたいい機会になったってこと。

 

人は今を生きてるから、今辛ければ生きるのがとても苦しいと思う。この辛い思い出はキレイな思い出にはならない。でもあえて前向きに捉えれば、人の痛みがわかる人間に、そしてこの先で今を生きる原動力になると思う。

 

ぼく自身も、過去の思い出話に花を咲かせるってない。あのときはよかったよなぁーってのがない。それよりも、常に今がイイ。それはなんでだろうか?

 

 

 

 

受験に限らず失敗しちゃいけない!は日本人に特有の洗脳

質問者さんは、すごく真面目な人なんだと思うな。

 

「真面目」って、学生のときはバカにされたりからかわれたりするけど、やっぱ人として関わっていく上でもビジネスとして仕事をしていく上でも、とても大切なこと。

 

 

提出物の期限を守れないとか、周りから努力をしてないように見られるとか……そういうことを気にかける「真面目」なスキルがあるんだって、自信をまず持って欲しい。

 

 

でも真面目ゆえに失敗するのが怖い面もあるのかな?と思う。

 

 

ぼくも根は真面目なんだけど、提出物はそもそも出す気がなくて出さないとか、周囲の目線はどうでもいいとか……主治医と話したときはADHDの特性だね、って言われたんだけど、ちょっと斜めから物事をかまえてみてた。

 

 

そんなぼくでもやっぱ失敗することを気にすることはあったから、質問者さんは余計に気になるのかもしれない。

 

 

「滑り止めの願書を出し忘れた」ってのは、失敗の一つだけど、絶対にしてはいけない失敗じゃないよね。

 

 

受験の願書を出し忘れたからって、受験生失格だ!なんてぼくは思わないし、受験に関わる人や親にも迷惑だなんて思わない。

 

 

それを言ったら、ぼくなんて人間失格だ!くらいのことをたくさんしてきている。このブログにも何度かこのフレーズが出ているけど、母親にはあなたは二度と育てたくないとよく言われるよ。

 

 

高校生のときって、狭い世界で生きなきゃいけないから、どうしてもそれがすべてになってしまう。質問者さんにとっては、担任の先生に言われたことがすべて。

 

 

それって狭い世界で生きる上での、ある種の洗脳みたいなもんじゃないかなって思う。たとえ間違っていても、それが正しいんだって思ってしまうというか。正しいと思わざるをえないというか。

 

 

でもこうやって、SNSで気軽に大人に想いを投げかけられる今、疑問に思ったことはどんどんSNSにいる大人に聞いてみるといい。

 

 

答え合わせとして使うというよりは、気軽に疑問をぶつけてみる感じで。

 

 

そのときに時代と共に変化することに対しては、大人の常識よりも、今の時代をみている人の感覚の方が正しいと思う。だから、大人の意見を聞いても自分としてはこうだ!って思うことがあれば、それは素直に自分の直感に従った方がいいと思う。

 

 

でも、今は担任の先生の意見が親じゃない大人の代表する意見に、きっとなっちゃってるんだよね。それはある種の洗脳に近い感覚だから、今日からはもうやめよう。

 

 

こうやって質問箱に質問をくれたように、自分や他の大人の意見を参考にしていこう。

 

 

担任の先生がどんな人か、総合的な面はぼくはわからないけど、少なくとも悩んでいる質問者さんの不安を煽るようなことをしている点は、最低だなとぼくは思う。

 

 

担任の先生って、本来は失敗しても気にしないで!どんどんミスをしよう!失敗したら対策を一緒に考えようって大人であるべきなんだよね。

 

 

でもぼくが高校生だったときを考えても、そういう大人って、「先生」の中から見つけるのって難しい気がする。先生は学校を卒業したら、一度も社会を経験せず先生になる。ぼく自身はこれもおかしいと思うんだけど、それゆえ社会性を身につけた先生はなかなか出会えない。

 

 

もちろん中にはいるだろうけど、社会性のある素敵な先生に出会える確率は低い気がする。学校と社会って、つながっているように見えてつながってないから、ギャップが生まれるのかもしれないね。

 

 

社会に出てから思うのは、失敗の数が多いほど人生が豊かになるなと思うんだよね。もちろん、失敗の最中は苦しんだけど、失敗をすると自分なりのストーリーができるし、こういうとこに気をつけようって発見もできる。

 

 

ぼくは海外が好きで、よく旅に出るんだけど、海外に行くと日本人との文化や価値観の違いがすごくわかる。特に失敗に関しては、悪い意味で日本人には寛容さがないように感じる。

 

 

ぼくは今、柔軟な働き方をしたくて、薬剤師以外の仕事もしてるんだけど、外国人と一緒に仕事してるんだよね。それで、何かに挑戦するとか失敗したとかしても、「Take it easyだよ!」と言ってくれる。

 

 

ミスをするなよ!とか○○さんに失礼だぞ!とかじゃなくて、失敗したっていいんだから気楽にやろうぜって。

 

 

日本人の失敗に対する寛容性のなさは世界のスタンダードではないと思うし、仕事もいわゆるできる人って、ここだけは絶対に外しちゃダメってポイント以外は適当だったりする。

 

だから、受験に限らずだけど、この先で失敗することに関しては、「いい機会だ!学ぶチャンス!」と思うように意識するといいんじゃないかな。

 

 

海外の話はこの記事にも書いたから、よければ読んでみてね。

 

ADHDの自分が海外を旅して思ったこと。ADHDと海外は相性がいい

 

 

薬剤師になれる?好きな気持ちやなりたい気持ちに勝るものはない

質問者さんがもし薬剤師になったら……間違いなく素敵な薬剤師になれると思う。

 

 

まずやっぱり、今回の質問のように嫌な経験をしている人は、それだけ患者さんにも寄り添える人になれるよね?

 

 

これが理由の一つめ。

 

 

あとはやっぱ質問の冒頭に「薬剤師になりたい」ってあるのと、「好きな化学の勉強」ってフレーズ。

 

 

こんなこと言っちゃうと失礼な話なんだけど、ぼくは薬剤師になりたくてなったわけじゃないんだよね。だから薬剤師に対するこだわりはないから、進んで薬剤師の勉強をしたいって思えない。

 

 

でも質問者さんのように、「薬剤師になりたい」ってなりたい気持ちがあると、勉強するのも楽しいと思うし、なりたい気持ちに勝るものってないと思う。

 

 

ぼく自身は大学3年生の就職活動シーズンになっても、自分が何になりたいのか何をしたいのかわからなかった。だから、質問者さんのように受験の段階で「なりたい」、「やってみたい」ことがあるってのは、素敵なことだと思う。

 

 

あと化学の勉強が好きとかもすごくイイよね。仕方なく化学を暗記して薬剤師になるより、化学の勉強が好きで薬剤師になったら、化学を学んで自分のものにした視点で薬をみれると思う。

 

 

ぼくなんかは化学は苦手で仕方なく暗記したタイプだから、全く化学的な知識はいかせないけど、構造式とか反応を自分のものにできたら、それはきっと薬剤師としてもすごいし、他の薬剤師とは違う視点で患者さんと接するスキルにもなる。

 

 

受験の段階で、薬剤師になりたいとか化学が好きって気持ちを持ててる時点で、ぼくよりもずっと立派だし素敵な薬剤師になれると思う。もちろん、受験を終えて、薬学部で生活する中で、やっぱ薬剤師は違うかも!って思うのもありだけどね。

 

 

ADHDだって受験はクリアできるし就職もできる

受験や就職とADHDだけど、これは気にしなくても大丈夫。

 

 

ADHDは大学に行けないとか就職できないとか、そういったことはない。ぼくの友達でもADHDをオープンにして薬剤師をしてる人も実際にいる。

 

 

オープンにするかクローズにするかは自分の価値観や意思なだけで、ADHDだと受験に失敗するとか仕事に就けなくなってしまうとかはないよ。

 

 

でも正直、ADHDをオープンにしたときに偏見を持つ会社はあると思う。どういう働き方をしたいかにもよるけど、オープンにする場合、そういうとこは入っても会社としてイマイチだろう。だから、相手から弾いてくれてラッキーくらいの感覚でいいんじゃないかな。

 

 

ADHDといっても程度にバラツキがすごくある。ADHDと診断を受けての悩みは受けてから、自分の程度を知ってから考えてもいいのかなと思う。

 

 

質問者さんはADHDかどうかはわからないけど、ADHDと診断を受けても、受験ができないとか就職ができないとかはないから、そこは心配なく。

 

 

ADHDを親が理解してくれなくても理解してくれる誰かはいるもの

あと気になったのは、質問者さんの周りに理解してくれる人がいないのかもしれないところ。でもここに関しては、実社会の身の回りにいなくても、SNSにはいるよってこと。

 

 

少なくともぼくは、質問者さんの辛くて悩んでる気持ちは理解できるから、DMでも質問箱でも手段問わず相談してもらえたらと。親にこそ、理解して欲しい気持ちはすごくわかるけど、とりあえず、たった一人でも理解してくれる人がいたら、それはいいことだと思うんだよね。

 

 

ぼくも親にADHDの話をしたら、まったく理解してもらえなかった。それゆえぼくは、クローズで生活しているとこはある。

 

 

でもぼくがADHDの診断を受けたのはアラサーだし、質問者さんとは状況が違う。高校生なら、親に理解してもらえないのは、ぼくよりも辛いよね。

 

 

心療内科の受診も気になるなら、した方がいいとは思う。でも、保険証を持って受診するわけにもいかないしってことだよね。

 

 

そこに関しては、親が立ちはだかってしまうのが未成年者の辛いところ……ぼくとしては、親こそ一番理解してあげて欲しいなと思うんだけど。

 

 

ぼく自身、ずっと生きにくさを抱えて生きてきて、その頃は特にADHDという概念すらないから、変な目でみられたりもしてきた。

 

 

周りと同じ時間では、同じようにできなくて悔しい思いをしたり、なんでこんなミスするの?ってことで失敗を連続したり、全然うまくとんとん拍子に進む人生じゃなかった。

 

 

人間関係も決して良好に築けていたわけではなくて、お人好しが功を奏して、いじめられたりもした。

 

 

人生100年時代の数年間なのかもしれないけれど、その数年も自分を形成する期間なんだよね。だから、過去の辛かった出来事はキレイな思い出にはならない。

 

 

でもそのお陰なのか、今を十分に生きてみようって視点を持てた。

 

 

そのときに思ったのが何歳でもね、人は変われる。そのときに大事なのは、過去の自分はこうだったじゃなくて、過去にとらわれず変わろうとする柔軟性。

 

 

よく昔はこうでよかったよなぁ……って昔話に花が咲くみたいのがあるけど、自分にはない。むしろ、それがないから今を楽しんで生きようと思えてるのかもしれない。

 

 

過去はこうだ、過去はこうだ……じゃなくて、今楽しいことして生きて未来につなげようって。

 

 

明石家さんまさんが、生きてるだけでまるもうけって言ってる。それは本当にそうだなとぼくも思っていて、今を生きていると思いがけない縁が生まれたりする。

 

 

受験に限らず、何かに失敗してもそこから得られることが何か一つでもあればOK。それもまるもうけ。

 

 

ぼくはパートナーと出会って、さらに世界が広がった。パートナーとも過去はこうで楽しかったじゃなくて、お互い常に今が最高!と今を楽しんで生きている。それも生きてるだけでまるもうけの結果。

 

 

辛いことはあるけど、生きてるだけでも楽しいことはあるから、自殺を考えたときは思い出して欲しいなと思う。

 

 

ぼくなんて大学生のときに、大学に馴染めなくて大学の同級生と一度も飲み会とか行かなかったからね。大学生なのに!だよ。4年間、学校が終わったら、家に直行してテレビをみる生活をしてたの。

 

 

そんな自分が海外に旅に行ったり、こうしてブログで発信したり、薬剤師と他の仕事を兼業したりして、今を楽しんでる。

 

 

きっと生きてるだけで、楽しいことはあるから、自殺なんて言わずに頭をよぎったときはこの記事を思い出してみてね。

 

 

この記事が質問者さんに届きますように!!

 

 

 

おれはもうねむい

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