少し前の話だが、ネットニュースにADHDについて出ていた。
ADHDは前よりもメジャーになっているとはいえ、医療従事者でも知らない人は知らない。そんなADHDがついにYAHOOのトップページを飾る時代がきた。
それがこちら……
イーライリリー主催のトークセッションだったみたいだが、勝間さんや書道家の武田さんがADHDエピソードを語ったらしい。この二人は診断はされていないが、ADHDの要素が非常に強く、自身でADHDと認めているそうだ。
記事を読むと確かにADHD要素が強く、共感が持てる。そしてこういう場でADHDと言えているところがすごいなと思う。
やはり、日本人は偏見だとか周りの目とか様々なことを気にする。ADHDも発達障害という名前のせいもあって、公表するにはかなり勇気がいるんじゃないかなぁと思う。公表することで、周りからどう思われるのか?とか家族はどう思うんだろうとか……そこには各自様々な思いがあると思う。
僕自身は必要性がなければ特に言う必要はないと思っているので、特に公表はしていない。そもそも一般人だしね。でもこういう著名人がADHDなどを公表してくれると、心の中で”おぉぉぉぉぉ!!!”という拍手が起こる。
正しい認知やマイナスイメージの払拭のためにこういう方々の力はとても強いと思う。どうしても日本においては言葉上、マイナスなイメージを持たれることは少なくないと思う。だからこそ著名人の力添えがあると興奮の拍手が巻き起こる。
記事の中で2人の対処法が違うのもまた面白い。苦手なことを避ける派と苦手なこともアプローチを変え取り組む派。どっちが正解というものではないから、こういう人がいるんだ!と実感できることにとても共感を覚える。
記事の後半では”えじそんくらぶ”というNPO法人の代表の方がお話しているが、この方は薬剤師だそうだ。そこにもまた共感してしまう。
えじそんくらぶはAD/HDを持つ人たち、そして共に悩む家族・教師を応援します – NPO法人えじそんくらぶ
この代表の方はADHDと診断されたことで前向きになったと言っている。これは僕もそうだ。ADHDと言われるまでは自分がなんか変なんじゃないかと思っていたし、物忘れのひどさに関しては、若年性の認知症を疑っていた。診断されることで肩の荷がだいぶ降りたというのが正直なところだ。
また記事の中では周囲の理解者の存在の大切さについて書かれている。
これに関しては確かにおっしゃるとおり。理解してもらうことは大切だと思う。でも、職場に限って言えば、ミスをカバーする愛嬌やキャラクター、他のことでの努力で周囲を味方にすることはできると思う。
どうしても職場に理解者が必要というわけではなく、職場に味方を作る感じかな。
同じことをやっても怒られる人と怒られない人がいるように、キャラクターというものは必ずある。ならば愛されるキャラクターを目指したいものだ。
ミスをどうしても減らせないのなら、その他のところで他の人よりも努力しなければならない。自分が一番気をつけているのはここ。
ミスしても許される愛される人間になる
これが目標であり、環境が変わるたびに試される部分でもある。
これはかなり環境にも左右されるので、ここだ!という環境を見つけられたら、そこがベストなんじゃないかなぁと思う。
周囲に協力してもらう前に、周囲に協力してもらえるような人間性と周囲への気配りを忘れないようにしたい。
ちなみにこの記事、ケアネットという無料登録が必要な医療サイトでも掲載されている。ライターさんが違うので、またちょっと違う切り口で展開されている。
無料なのでこちらも読んでもいいかもしれない。