俺はまだ小学5.6年生

こんばんみ!

懐かしい挨拶である。全盛期のビビる大木先生がよくやっていた挨拶だ。これも流行ったなぁ。。
さて、小学校高学年の特性発揮はかなり覚えている。
当時は特性だとかADHDとか全く思いもしなかったけど、今思えばこれもなのかなーと思い当たる節は多々ある。

前回、担任の先生のお話をしたが、この先生は僕のことをどう思っていたのか……今会えるなら聞いてみたいなぁと思う。きっと覚えてはいないかもしれないけど、あれだけ執拗に僕にこだわっていたということは何か思うことがあったに違いない。

⚫︎自由研究

小学生の夏のお約束といえば自由研究である。僕自身、これを自分一人でやったのは、小学校6年生の一度しかない。

他は必ず親が手伝ってくれるか、テーマを決めてくれた。

僕が親だったら、違う手伝い方をするなぁと今では思うのだが、僕の親はすべてを誘導してくれ、あとは作業を一緒にするのみの段階まで手伝ってくれていた。

この印象に残っている自由研究は、本当は「兎の眼」を読んでという題名で皆の前で読書感想文を発表する予定だった。読書感想文と言っても僕の感想ではない。

親がある程度誘導して、添削して完成した言わば親8割子供2割の合作なのだ。
でも発表当日、僕はこの完成した読書感想文を発表しなかった。

代わりに行ったのが当時流行っていたハイパーヨーヨーの歴史の発表と技を皆の前で披露するというものだ。この発表には友達を道連れにした…..

発表会が迫った頃、僕の中には違和感があったのだと思う。

なぜ自由研究なのに読書感想文なのか、なぜやりたくもない自由研究の発表なのか、なぜ自分の感想でもないものを発表するのか……

自分との葛藤の末、発表一週間前に予定を大きく変更した。

そして友達の清水くんを道連れにして、2人で合作で発表しよう!と提案した。

自由研究なのだから一人でやれば結構!

しかし、当時の僕には一週間前という焦りと、誰かいれば安心という不安感があったのだと思う。

清水くんが自由研究をやっているか?なんて確認もせず丸め込んで、自分の計画に参加させてしまった。

ADHDの特性なのだろうか?自分の気持ちに余裕がなくなると相手の気持ちを考えることをしない。

まるでジャイアンのように清水くんには振る舞った。
おまえのものはおれのもの。おれのものはおれのもの。

ハイパーヨーヨーの歴史の発表は一緒に作って、技の披露は俺がやるから!とロールプレイも自分で勝手に決めてしまったことを覚えている。

清水くんは寛大だ。嫌な顔をしなかった。そしてそれでも仲良くしてくれた。

心を許せる友達だったから、このような行動を取れたのはもちろんだが、この様子はADHDの特性だったのかなぁと今ふと思う。

結果的にハイパーヨーヨーの発表は成功したし、大きな満足感が得られた。

清水くんとの関わりについても結構ひどいことをしてしまっている。ここにもADHDの特性が隠されている気がするのでいつか記事でまとめてみたいと思う。

そして親子合作の読書感想文がどうなったか!というと……その後の家庭訪問で親子合作の読書感想文を発表しなかったことを親に知られてしまう。

あまりにオリジナルで先生がハイパーヨーヨーの研究を褒めてくれたのを覚えている。どう考えても親が介入している様子がなく子供らしくてよかったのかもしれない。

この親子合作読書感想文発表しない事件について、怒られた記憶はない。しかしなぜ発表しなかったのか問い詰められた記憶がある。

この読書感想文はその後、担任の先生が毎年変わったこともあり、中学3年間毎年提出という形で大いに役立ったのだが……

僕は悪知恵というか、サザエさんでいうところのカツオのようなプレーをよくやった。
ここにもらADHDの特性が隠されている気がするのでいつかカツオのようなプレー集としてまとめてみたい。

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