大人のADHDと診断!大人になりADHDと診断されるまでの経緯と診断された日

おれはもうおなかすいた(@ADHD、薬剤師

 

 

2015.6月末……

 

「きみはADHDだ」

 

ADHDというものは知っていたものの、自分がADHDだとは微塵も思わなかった。そもそもADHDって子供のものってイメージがあった。

 

でもぼくがADHDと診断されたのは、アラサー。立派な大人だ。

 

ADHDの診断は突然やってきた。

 

病院を受診したきっかけは物忘れ!ADHDなんて微塵も思わない

俺は仕事を退職し、優雅に午前中はプール、午後から実家の家業を手伝い、週末は東京へ……という生活を堪能していた。

 

 

そして6月末でその生活も終わり、7月から新たな一歩を踏み出そうとしていたとき、それはやってきた……

 

 

キッカケは、物忘れである。

 

 

そう言えば、俺は物忘れがひどい。時間のある今、病院に行ったらどうか?

 

 

彼女は俺にそう言った。

 

 

それもそうだな……自分自身、気になっていたことだし、時間のある今、調べておこう!そう思ってはいたのだが、先延ばしにし、結局受診したのは6月末。

 

 

診断結果は自分からしたら、意外なものだった。

 

 

 

「ADHD」

 

 

 

俺が?なんで?

正直最初はそう思った。

 

 

ADHDと遺伝の関連性の話はある。ぼくの家族もADHDなの?という疑問の答えはこちらの記事にまとめてあるので、遺伝関連が気になる方はどうぞ。

 

〜兄弟や家族にもADHDや発達障害の人はいる?〜

 

 

ADHDと診断されたときは全く意味がわからなかった

俺は薬剤師の免許を持っている。卒業後は違う仕事をしていたので、深い知識こそないが医療に関する知識は一般人よりはある。だから頭の中はハテナだらけだった。

 

 

若年性のアルツハイマーと思ったのでMRIを受けた。

 

 

たまたま臨床心理士のいる心療内科兼、頭痛クリニックだったので、MRI後、テストを受けた。

 

 

その結果を元に、臨床心理士と面談、さらにDr.と面談……なんだかんだで3時間くらい病院にいただろう。

 

 

病院にしては、手厚いおもてなしである。

 

 

丁寧な診断に納得した大人のADHDという診断結果

心療内科に行けば鬱じゃなくても鬱との診断。大量投与の中、どれかがヒットすればいいという考えの元の投薬……もちろんすべての心療内科がそうではないが、正直心療内科にいい印象は持っていなかった。

 

 

そして、結果ありきで誘導するかのように話をされれば、おかしさや診断結果に対する疑念を持つが、このDr.はそうではなかった。

 

 

自分の過去の話、現在のテスト結果……最後にトータルでお話をしてくれたので、まさか……と思いつつも大人のADHDという診断結果を受け入れることができた。

 

 

2015.6月はぼくにとって忘れられない夏の始まりの月となった。

 

ちなみに、ADHDと診断されたときの自分や周囲の心境ってどんなもの?ってことをまとめた記事はこちら。

 

〜ADHDと診断されたとき自分や家族、恋人はどのように感じるものなのか?〜

 

 

おれはもうねむい。

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