ごきげんごろうくん!たまにはスカッと大声でシャウトしたくなる自分がここにいる。
さて家庭環境を振り返ったあとは、もう一度小学校生活を振り返りたいと思います。
小学校3.4年生の頃にあった具体的な出来事の詳細は覚えていません。
そしてADHDの傾向がこの頃にあったのか?ということもよくわかりません。
小学校3.4年生と言えば、僕にとっては何があったんだっけ?というくらい記憶が抜けています。
ただ一つ。担任の先生が入れ替わりが激しく一年に3回もあったこと。
2回の先生は自習の時間が多く、授業よりも外で遊んでいることの方が多かったことを覚えています。私生活面では3つ覚えています。
1つは学校の帰り道にう◯ちをもらしてしまったこと。
2つは塾の帰り道、親と行き違いになり泣きながら塾と家を2往復し、家の前のおじさんの家に最終的にかくまわれたこと。
3つは野良犬に会うたびに追いかけ回されたことと武田さん家の脱走犬を見つけるたびに必ず追いかけられたこと。
そして今、学校生活で1つ思い出しました。
自分の意見を上級生2人に発表してフィードバックをもらうというような授業の話。
僕は自分の意見を言うのが苦手。
苦手というより何を言えばいいのかわからないから、言いようがないのだ。
今でもその感覚はあるが、さすがに経験がある分、述べられる意見はある。
もちろん小学生に高度な意見を述べることを期待されてるわけではないが、僕は恥ずかしさもあり自分の意見が言えなかった。
上級生に頼み込んで1人全く違う内容で上級生の意見を収集し、それについてどう思うかもう1人の上級生に聞いたことをまとめて書いたような記憶がある。
これが初めての自分で授業をすり替えるという行為を始めた時かもしれない。
ADHDの特性とも思えるが、相変わらず教室内をウロウロしたりといったことはなかった。
ただ机をコンパスで彫って消しゴムを埋めたり、修正液を流し込んで化石を作ろうとしたり、机関連でのイタズラを始めたのはこの頃のように思う。
手イタズラも多動に入るんですよ!なんて言われたときに、机関連でのイタズラとその後のイス関連の出来事を思い出した。
僕はいつからADHDなのだろう?疑問は深まるばかりである。